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緊急避難!とりあえず心と体の保護が第一~離婚までの経緯23


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母は、額を8針縫いました。


きのうお話ししたとおり、元夫の投げた灰皿が割れて、その欠片が母の額を直撃したのです。


幸い数cmの傷でしたし、お医者様いわく「意外に深かったけど、細かく縫っておいたから、じきにくっつきますよ。」とのこと。


抜糸は1週間後の予定で、それまでは消毒に通うようにと言われ、痛みどめと化膿どめのお薬をもらって終了。ヤレヤレ、なんとかひと安心です。



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それにしても、頭部や顔面のケガというのは、出血量がハンパなく多いってご存知でしたか?


私はそんなこと知らなかったので、母の額から、それこそ溢れるように出血したときは、こっちの方が血の気が引く思いでした。



帰りの車の中で「痛む?」と聞くと、母は「そうでもないよ。ちょっとヒリヒリするだけ。」と、しっかり答えてくれたので、改めてホッとすると同時に、なぜか急激に空腹感を覚えたのです。


そういえば、食事の支度の途中であんなことになったので、2人とも何も食べていませんでした。今から帰って、あの惨憺たる現場で、食事の用意をする気にはとてもなれません。


「どっかで食べて行かへん


私がそう言うと、母はコクンと頷きました。思いがけないケガで、落ち込んでいてもおかしくないのに、とても嬉しそうな笑顔まで見せてくれたのです。


国道沿いのファミレスに入り、そこから次男に状況を説明するメールを送信して、ほどなく次男も合流。


思えばこうして外食することなんて、わが家では超がつくほど珍しいことです。


いつもの食事は、2階の1室に寄り集まって、小さなテーブルで済ませています。元夫のいない間に仕上げようと思うと、手のこんだものを丁寧に作ることもできませんので、母や次男に満足の行く食事をさせているとは言いがたい現状でした。


私の少ない収入でやりくりしていたため、外食する余裕がなかったのも正直なところです。でも、心なしかウキウキしている母や次男の様子を見ていたら、たまにこうして「贅沢」するのもいいなぁと思いました。


なにげなく店内を見渡すと、平日にも関わらずたくさんの家族連れで賑わっています。


小さな赤ちゃんがいっしょのお宅、子だくさんのお宅、年配のご夫婦、色々なファミリーの食事風景がそこにはありました。


幸せそうな笑顔で食事を楽しんでいても、他人には伺い知ることの出来ない家庭の事情というのが、きっとそれぞれにあるはずです。どんな小さな心配事も悩み事も一切ない、そんな完璧なファミリーなんて、そうそうあり得ません。


でも、リビングの中心に大型のテレビがなぎ倒され、ソファのレザーが引き裂かれてスプリングが飛び出し、割れた食器や雑貨がアチコチに散乱している、そんな家に住んでいるファミリーも、これもまたそうはいないでしょう。


私は、そんなことを考えながら母の方に目をやりました。


小柄な体に小さくて丸い色白の顔、いつも笑っているようなその表情。ツルンとした額には、大きなガーゼパッチが、絆創膏でとめつけられています。


これまで散々気苦労をかけた上に、こんなケガまでさせてしまって、申し訳なさで泣きそうになったのですが、母と次男の微笑ましい会話のお陰で、辛うじて涙を見せずに済みました。



「おばあちゃん、めっちゃ痛い?」


「ぜんぜん


「何針、縫うたん?」


「100針ぐらい」(←なぜかウソつく、笑)


「えー、そうなん?ほんなら、フランケンみたいなデコになるね。」


「そうやね。でも、まぁええわ。もう嫁に行くこともないし(笑)」


3人でいっしょに笑いました。


しんどいことは何ひとつ解決していなかったし、いつ解決するかもわからなかったけど、それでもその瞬間、私は心から楽しいと思えたのです。


そして、2人に向けて思い切って提案しました。


「あの家、いったん出ようか!?」


こうして3人で笑い合える、そんな時間を持つためには、今のままではダメだと考えたのです。


あの家は私の家です。それは確かなことだけれど、私はそのことに余りにもこだわり過ぎていました。


いくら自分の家でも、元夫とバッティングしないようにコソコソ過ごしたり、のびのびと食事することもままならないようでは、ストレスがたまるばかりです。


少なくても今の家は、年老いた母が安らげる場所とは言えません。次男にとっても、帰ってきて楽しい場所ではないでしょうし、落ち着いて勉強するのにも全く適していません。


離婚するには、おそらくまだまだ時間を要するでしょう。なにしろ、相手はあのモンスターです。その手強さは、誰よりもこの私がいちばんよく知っています。ちょっとやそっとのエネルギー量では、とても勝てません。


それなのに、今の家ではエネルギーを蓄えるどころか、無駄に消費するばかり。


母と次男、そして自分自身の心と体の保護、今はそれを最優先しなければいけません。そのためにも、一旦、あの家から出ようと考えたのです。


母も次男も賛成してくれました。



私は、さっそく翌日から家探しを開始。あくまでも「仮の宿」なので、それほど多くの条件はありません。


でも、パート勤めのワケあり女に、世間の風はとても冷たかった


何軒も何軒も不動産屋さんをまわりました。そして、行く先々で、撃沈


こちらが提示する予算も低めでしたし、どこまで本当の事情を話していいかわからないため、一部を伏せたり多少は虚偽の申告をしたりするものだから、余計に胡散臭く(笑)思われてしまっていたようです。


思うに任せない物件探しに、落ち込む日々が続きました。


そんなある日、私のパート先に、幼なじみがひょっこり訪ねてきたのです。


彼女は、この会社の社長の娘さんで、私に今のパートを紹介してくれた恩人でもあります。すぐ近くまで来たから、お昼ごはんをいっしょに食べようと誘いに来てくれたのです。


ご飯を食べながら、私は思い切って、彼女に事情を話しました。すると、どうでしょう


捨てる神あれば、拾う神あり


彼女のお姉さん家族が、急きょ海外赴任が決まり、帰国までの数年間だけ、持ち家(マンション)の借り手を探しているというじゃありませんか


しかもマンションの管理会社は、彼女のお母さん。つまり、私のパート先の会社の社長の奥さん


拾う神は、こんなにも身近にいてくれたのです。


幼なじみの彼女が口を聞いてくれたお陰で、話はすぐに決まりました。しかも私の事情を汲んでくれて、初期費用のみならず、毎月の賃貸料までも、負担を少なくしてもらえたのです。幼なじみの彼女には、感謝してもしきれません。


場所的にも自宅から近く、次男の通学がちょっと遠くなる程度で(なにしろ今までが近すぎました)、不都合な条件は何もありませんでした。


2週間後。


幼なじみのお姉さん家族の引っ越しと入れ替わりで、私たちは引っ越したのです。


またいずれ戻ってくるつもりだったので、家具などの大きなものは何も持たず、それこそ必要最低限のものだけを軽自動車に詰め込んで、母と次男と私は自宅をあとにしました。



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