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母の日に思い出すのは、かわいい女性の代名詞のような亡き母の笑顔


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今日は5月の第2日曜日。


そう、母の日でしたね。


このブログを読みにきて下さった方も、今日は贈り物をしたり、されたりのいち日を過ごされたのでしょうか


母の日に寄せて、今日は母のことを書いてみようと思います。



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母が亡くなってそろそろ4年になります。


母がどんな人だったかを端的に言うなら、「かわいい女性」そのひと言に尽きます。


家族はもちろん、親せきや近所の人、たくさんの友人、周りの人みんなに愛される人でした。


小さくて丸い顔で、コロコロと声を転がすようにして笑うんです。どんなことでも、いかにも面白そうにあんな風に笑われたら、周りもつられて楽しい気分になってしまう、そんなハッピーオーラを放っていた気がします。


母は身長が150cmちょうどと小柄で、180cmほどある大柄な父を見上げながらニコニコしゃべるので、よけいに小さくてかわいらしく見えました


そして、内面的にもかわいさ満点だったんです。むしろ見た目じゃなくて、内面のかわいらしさが、みんなに愛された理由だったんだろうなぁと思います。


子どもの頃、駅前の古い商店街に買い物に行くと、あちこちのお店のおっちゃんやおばちゃんから、「◯子ちゃ~ん(母の名前)」と声がかかりました。商店街のアイドル?(笑)そんな感じ。


さっさと必要な買い物を済ませて帰ればいいのに、あっちでもこっちでも楽しそうにおしゃべりするもんだから、買い物がやたらに長いっ


まだ小さかった私は、そんな母がちょっとめんどくさかった覚えがあります。


あるとき母が盲腸から腹膜炎を起こして、けっこう長く入院したことがありました。一人で買い物に行った私は、案の定あちこちで「今日はお母ちゃんどないしたん?」と質問攻め!


事情を知るや、「コレ、◯子ちゃんの見舞いや!」とか、「◯子ちゃんに食べさしたって!」とか口々に言われて、果物やら卵やら、あっという間に両手にいっぱい


母がどんなに愛されているかが、子ども心によくわかったエピソードです。


そして、誰をおいても一番に母を愛していたのは父でした。


父がわざとバカバカしいことをして見せたり、今で言うオヤジギャグを飛ばしたりしては、いつも母を笑わせていたのを覚えています。父もきっと、母のあのかわいい笑顔が見たかったのでしょう。


いつも忙しい上に海外出張が多くて、けっこうハードなビジネスマンだった父ですが、休みがとれる時は母といっしょに旅行したり、誕生日には母のために父がケーキを焼いたりしていたものです。


将来のこと、家族のこと、互いのこと、どんなことでも、いちいち2人で相談しあって決めていました。時には口喧嘩もしていたけど、お互いに言いたいことを言い合ったあとは、ケロッとまた元通り


本当に仲の良い夫婦だったと思います。


女性は、というか人というのは、内面的にかわいいということが愛される条件なんだと思います。


取り立てて美人でもなく、外見的にはどこにでもいる普通の人だった母が、誰からもあんなに愛されたのは、やっぱり心の在り方がチャーミングだったからに他なりません。


何も常にニコニコヘラヘラと笑顔でいることだけが可愛いのではなく、ときには悲しみや悔しさ、イヤなものはイヤ、ゆずれないことはゆずれない、そういう気持ちも素直に表現することも大事なんだと思います。


そして、言うべきことを言ったら、根に持たずにケロッとできる潔さも、ある意味で可愛らしさを引き立てる要素なのでしょう。


人は、見た目じゃないんです男も女もかわいげのある人が愛されるんですね~



母を思い出しながら、人が愛される絶対条件に気づいた母の日でした。


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