ホーム離婚までの経緯シリーズ ≫ まさかわが家が典型的なモラハラ夫婦だとは、私自身も知らなかった~離婚までの経緯8

まさかわが家が典型的なモラハラ夫婦だとは、私自身も知らなかった~離婚までの経緯8


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私の元夫が、典型的な「モラルハラスメント」の加害者、つまり近年よく目にする「モラハラのハラッサー」だったことは、きのうの記事に書きました。



でも、結婚していた頃の私は、「モラルハラスメント(モラハラ)」という言葉さえ知りませんでした。


ましてや元夫と自分が、モラハラという精神的な暴力行為の「加害者」と「被害者」の関係にあるなどとは、微塵も思っていなかったのです。



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モラハラの加害者にも色々なタイプが存在します。そのハラスメントが始まるきっかけや出現頻度などのパターンも、人によってマチマチのようです。


今から書くのは、あくまでも私の元夫のケースです。


まず、ハラスメントが顕著になった時期は、以下の記事にも書いたとおり1992年頃でした。


夫が生活費を入れなくなった頃、初めて離婚を意識~離婚までの経緯1


よく思い返してみると、あきらかにモラハラのハラッサー傾向を現す言動は、結婚直後から何度もあったのです。でも、当初はほんのたまに、「あれ?」っと不審に思う程度だったので、何となくやり過ごしていました。


モラハラの加害者としての素顔がたびたび発現するようになり、次に書くような行為が日常化し、やがて定着したのが1992年頃からだったのです。


モラハラの事例(元夫の場合)



◎生活費を徐々に減らし、ついには1円も入れなくなる。


◎私が話しかけても、一切無視。声を発するのは、自分の用事があるときか、何かを命ずるときのみ。


◎私の都合や体調が悪いときほど、あえて自分のスケジュールを強制的に実行させる。


◎ふだんは、絶対に家族といっしょに食事しない。


◎2人の息子の成長や教育には、全く関心を示さない。

・反面、成績や競争ごと(絵画コンクールや作文コンテスト、運動会やスポーツの競技大会など)の優劣には、異常なほど執着。優秀な成果だった場合は、誇張して自分の親兄弟に自慢する。


◎私が自分の親兄弟や友人と行き来したり、密に連絡を取り合うことを極端に嫌い、時に断固として禁じる。

・反面、自分の実家への帰省は、家族全員揃って定期的に行くことを強制する。


◎生活費は1円も出さないが、パチンコや競馬、競艇などのギャンブルには破滅的なまでに注ぎ込む。


◎自分の親兄弟には、借金をしてまで高額のお祝いや贈り物をする。


◎私にクレジットカードを作らせ、限度額いっぱいまでキャッシングさせ、自分の借金返済に充てる。その返済は、もちろん私。そのことについて、元夫の言い分は「お前名義のカードで借りたんだから、お前が返せ!」


・当時の私は低所得のパート従事者でしたが、元夫の勤務先名を申告することで、かなりの限度額までOKだったのです。その分、返済額も大きくて、返済した当日にすぐまたキャッシングするという自転車操業状態でした。その後に発令された「総量規制」が、もっと早く制定されていれば良かったのにと、今は思います。

・このときの返済の苦しさがトラウマになり、現在の私はちょっとカードアレルギーなところがあります。ニコニコ現金払いが1番です。


◎友人がただのひとりもいない。

・そういえば、結婚式の元夫側の招待客には、友人が全くいなかった。


◎私が100%生活費を賄うようになって以降も、光熱費や食費を含む全ての支出をチェックし、常に私のやりくりの下手さを罵倒する。あるいは、無駄使いの多さを執拗に責めたてる。


◎運動会や父兄参観、親子活動などの学校関連行事には全て不参加。しかし、「どうせ参加しないだろう」と、それらの開催予定を報告しないと、烈火のごとくキレる。


◎家族旅行はおろか、休日に買い物に行くことさえも拒否し、行動を共にしたことは見事なまでに1度もなし。


◎学校関連の行事には参加しないが、なぜか保護者同士の飲み会や住居地の自治会の会合には、私が参加することを禁じて、自らが率先して参加する。

・のちにママ友から聞いたところでは、その集りの席で、私が無能、自堕落、浪費家、子育て放棄、など、いかにひどい妻&母親かをアピールするのが常だったらしい。


◎私や息子たちの緊急時にも、協力や援助を断固拒否。

・私が2度めの妊娠時、大量出血した為、病院に連れて行って欲しいと必死で懇願しても、「車が汚れるから」という理由で拒否し、そのままパチンコへ。私は自分で運転して病院に行ったものの、間もなく流産する。

・日曜学校(当時の学校の独自行事)に参加した長男が前腕を骨折し、病院に付き添ってくれた担任の先生からの電話を受けたにも関わらず、自分が迎えに行くことはおろか、パート先の私に連絡も入れず、メモさえ残さずにまたもやパチンコへ。

・次男が交通事故に遭い、生死の境を彷徨うような状態を何とか脱して、その後長らく入院したときにも、一度も見舞いに訪れず。



そして、上記に加えて、きのうの記事で書いたように、何かにつけて物を投げつけたり壊したり、わざと大きな音を立ててドアを開け閉めしたりする、これらが元夫のモラハラぶりの概要です。


きのうの記事は、こちらでお読みいただけます↓

嵐が去ったあとのわが家

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コメント

Re: タイトルなし

>haruno さま


はじめまして、花音です。

読んでくださってありがとうございます。


> 主様の今が幸せそうでホッとします


自分らしく、ありのままでいられる今は、
とても幸せです。

花音(かのん) | 2015.05.15 00:57 | URL


ひど過ぎる男だね…

主様の今が幸せそうでホッとします

haruno | 2015.05.13 11:14 | URL














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