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夫が生活費を入れなくなった頃、初めて離婚を意識~離婚までの経緯1


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私が最初に離婚を意識し始めたのは、たぶん1992、3年頃のことです。


当時はバブルが崩壊して1、2年後で、世の中が不景気の暗闇にすっぽりと覆われ、一般家庭の家計にもその影響が及び始めていました。


当時のわが家は、「生活にかかる費用は全て夫婦折半」というスタイルの共働き家庭だったので、パッと見は、不景気の波をモロかぶりといった実感はなかったように思います。


でも、パッと見は変化がなくても、実は密かに夫にある変化が起きていたのです


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どんな変化かというと、元夫が生活費を入れるときに(生活費専用の口座への振り込み)「今月はちょっと少なめ」とか「今月少ない分は来月多めに振り込む」といったセリフが増えてきたのです。


そうなると、必然的に私の負担が大きくなります。2度の出産と育休を経て、ちょうどフルタイムの正社員からパート契約にしてもらったばかりだったこともあり、だんだんと私の不安は募っていきました。


でも、2人の小さな子たちは可愛かったし、勤務先は理解ある優しい人ばかりで融通きかせてもらえたし、それからも数年間は何とか無事にやり過ごすことができたのです。


別居を開始してから3年後に正式に離婚した記事→「正式に離婚したのは別居から3年後の七夕の日」


元夫の勤務先というのは全国ネットの大手企業で、一般社員のほとんどはいわゆる「転勤族」と呼ばれる移動型勤務が必須条件。かなりのおエライさんになるまで、だいたい2、3年周期で転勤することが当たり前でした。


わが家は結婚後の数年間、たまたま近いエリアでの転勤ばかりだったお陰で、引っ越しせずに済みましたし、私も職場をやめずに済んだのでありがたかったです。


けれど、そこはやっぱり転勤族。いよいよ遠方への転勤が決まったときはイヤとも言えず、それを機に私はそれまでの会社を辞めることになりました。


最初の転勤先は信州のとある町でした。


長らく育った関西を遠く離れた見知らぬ町で、上の子は小学校に入学し、下の子は保育園に入園。私は新しい職場でパートを始めることになったのです。


ご近所さんもパート先の人たちも良い人ばかりで、初めての土地に対する私の不安はすぐになくなりました。その反面、パートの時給は関西時代に比べて格段に低く、わが家の生活状況はさらに悪化していったのです。


まだ子どもが小さかった為、高額のお金が必要なことはそんなになかったものの、それでも親戚縁者の冠婚葬祭費や、保険料のまとめ払い、車検を含む車関連費などは、私の独身時代の貯金を切り崩すしかありませんでした。


信州に始まった転勤族生活は、その後、九州、関東、北陸と移り変わりました。上の子は小学校で2回、中学校で1回、下の子も小学校で2回の転校を経験。


そして、九州から関東への転勤が決まった頃には、私の貯金も底を尽いていました。このままジリ貧ではどうしようもないので、私はパートを複数かけ持ちしつつ、ネットビジネスを毎日のように模索していたのです。


1992年ごろから、少しずつ減ったり、途切れたりしていた元夫が家に入れる生活費ですが、年ごとに減少して、月に10万円になり、やがて月に5万円から3万円、ついにはそれもなくなりました。


2000年頃には、「入れられるときには、ちゃんと入れるよ」と言うだけになったので、私は密かにこの年を「わが家のミレニアムショック」と呼んでシッカリと覚えています(苦笑)


だから、自然に私は元夫を当てにしなくなりました。同時にネットオークションをはじめとする副業をスタートさせたのです。それでも家計はカツカツでした。


もし、住まいが格安家賃の会社の借り上げ社宅じゃなかったなら、私一人の力ではとうてい生活できなかったと思います。


家にお金も入れない、家事も育児も一切やらない、そんな元夫でしたが、社宅に住める権利をもたらしてくれたことだけは、唯一の長所と言えたかも知れません。


毎日複数のパートを掛け持ちし、帰ってから明け方近くまでネットにかじりついていた私は、その頃から病院のお世話になることが増えてきていました。自分でも「そろそろ限界が近いぞ」というイヤな予感を抱き始めていたのです。


北陸に住んでいた頃、上の子が中学3年生、下の子も来年から中学校という、ある意味キリのいい年を迎えました。次は東京転勤という辞令が出たことを実家の両親に報告した時、急きょ両親が揃ってわが家にやって来ました。


両親は私たち夫婦に、


◎孫たちも年頃だし、もう転校させるのは可哀想だから、わが家(私の実家)に引っ越してきてはどうか。

◎嫁の両親が同居では気詰まりだろうから、自分たち夫婦が新たにマンションを購入して移る。

◎そこを本拠地として、K君は(元夫)単身赴任すれば、不自由だろうけど同時に安心でもあるだろう。



そんな提案をしてくれたのです。


さらに父は言いました。


その2年ほど前に新しく施行された「相続時精算課税制度」を受けて、不動産(私の実家)を娘の私に生前贈与すると…。


長くなり過ぎたので、このあとのことは次の記事で投稿しますね。もし、よかったらまたご覧ください。

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コメント

Re: タイトルなし

> ななみさん


こんばんは^^

はい、書くには書いたのですが、上手にかいつまんで
書くことができず、長々と続いてごめんなさい。

どうか気長に読んでやってくださいねm(__)m

花音(かのん) | 2015.04.20 23:12 | URL


書いてくださったんですね。続きを待っています。
ありがとうございました。

ななみ | 2015.04.18 09:31 | URL[ 編集 ]














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