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別居から3年経過し、正式に離婚したのは七夕の日という皮肉~離婚までの経緯0


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2011年……


それは私にとって、人生の大きな分岐点となった年でした。


離婚に向けての第一歩として別居を決行してから、ちょうど3年目のこの年、次男は高校3年生。いよいよ進路決定の最終段階にきていたので、本人だけでなく親としての私の決断も迫られていたのです。


この頃、別居していても正式に離婚が成立していなかったので、当時のわが家はまだ母子家庭という括りには入りません。


でも、夫からの生活費はすでに1円も受け取ってはおらず、婚姻関係のままのメリットといえば、唯一、子ども達が夫の厚生年金や健康保険の家族扱いであることぐらいです。


家賃と食費や光熱費を含めた生活費全て、夫の援助を受けていない以上、今さら戸籍上で正式に他人になったところで、何か不足が生じることはない!と、この時の私は判断しました。


現実には、離婚によって後々色々な不都合や不測の事態が生じるのですが、そんなことには考えが及ばかなったのです。


だから、私は意を決して…


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夫に対する最後通牒のつもりで、もしこのまま離婚の決定を引き伸ばす場合は、弁護士に依頼した上で調停を進めたい旨を内容証明郵便によって、夫に断固伝えました。


そして、何回渡しても破棄された離婚届用紙を市役所のカウンターにもらいに行き、「今度こそ!」の願いを込めて夫に送ったのです。


それでも尚、夫は渋っていたのですが、見かねた私の母が思いもよらない提案をしてくれたことで、弁護士に頼ることも調停に持ち込むこともなく、2011年の夏に私は正式に離婚できました。


折しも離婚の日付は7月7日、七夕の日でした。天界の伝説では、やむなく別れた夫婦が年に一度だけ逢えるという日が、私には、やっとの思いで別れられた日になったわけです。


私の別居から離婚に至るまでの数年間、母にはこれ以上ないほどの気苦労と迷惑をかけてしまって、私は世界一の親不孝者でした。だから、自分の今後の人生の中で、出来る限りの親孝行で恩返ししようと強く心に誓ったのもあの七夕の日です。


その翌年の2012年、次男が希望した大学に無事に合格できたことを誰よりも喜んでくれた母でしたが、同じ年の暮れ近く、静かに逝ってしまいました。


どんなに親孝行したくても、もう何ひとつ届きません。私は、いつまでたっても親不孝者の汚名を返上できないまま生きています。


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