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離婚した50代のシングルマザーが、社会人として1歩を踏み出す息子に贈るエール


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この春、新社会人として一歩を踏み出す方は大勢いらっしゃると思います。

わが家の次男もそのひとりです。

ただ、ここに来て状況が急転したため、身辺がザワザワと騒がしくなってしまいました。

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消え残っていた夢の再燃

実は、昨年の秋には進路も決まって、あとは卒業式を待つばかりだった次男。

本人も「今まで波乱万丈だったから、これからは平和に生きたい」と言っていたのです。

でも、胸の奥底には、消せない夢の炎がずっとくすぶっていたのだと思います。

今月半ば、思いもかけずに次男の希望に沿った要請がありました。任期付きの臨時的な立場な上に、実家や母校のある関西を遠く離れた土地での新生活になるという条件です。

次男は、迷いに迷い、悩みに悩み抜いて、自分の夢に近づくために進路を変更する決断をしました。

この時期になって就職先への入社を取りやめることは、社会的常識に反した行為だと本人も自覚しています。

ただ、次男が恵まれていたのは、決めていた就職先が私の弟の会社、つまり伯父の会社だったこと。

社長である弟は、「親戚のよしみで入社させるんじゃない。オマエの語学力がうちには必要だから、どうしても来てほしい!」と懇願してくれていました。

叔父の元へ決意を告げに出向くとき、どれだけ怒られても、たとえ殴られても仕方ないと次男は覚悟していたそうです。

ところが私の弟は、「遅かれ早かれそうなると覚悟していたよ。思っていた以上に早かったけどな」と、笑い飛ばしてくれました。

そして、「自分の思い通りに生きろ!好きで選んだ道なら、物になるまでやめんなよ!ただし、絶対に母ちゃんに心配はかけるな!」と、次男を励ましてくれたようです。

私に報告しながら、次男の目からは幾筋もの涙が流れました。おそらく、叔父の優しさに対する感謝の涙だったのでしょう。

私自身も、弟への申し訳さと有り難さが溢れて来て、次男以上に泣いてしまいました。

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夢破れた次男の新しい夢

かつて次男は、ある競技で「日の丸を背負うこと」を目指すプレイヤーでした。

中学入学の年、次男の体躯と運動能力を見出して下さった方との出会いがあり、そこからの6年間はそれこそ練習漬け、試合漬けの日々。

いつしか全国区でも注目される選手となり、高3の秋には日本代表への最速コースと言われる某大学に推薦入学が決まったのです。

悪夢は直後に待ち受けていました。

次男は、生命にかかわるような大事故に遭ってしまったのです。

一時は意識もなく、最悪の事態さえも覚悟したことを思えば、元気に復活できただけでも奇跡と喜ぶべきでしょう。

でも、競技者としての可能性を完全否定する「再起不能」という告知は、次男にとっては死にも匹敵するものでした。

一縷の望みを抱いて、2回の大きな手術と長期の入院治療に挑みましたが、四肢の一部の障害はどうしようもなく、結局は大学への推薦入学を辞退せざるを得なかったのです。

あのとき、次男の夢への道は完全に絶たれました。

行く先を失くして、まるで廃人のように虚ろな次男の姿を見ているのは、本当に辛かったです。

どうすれば次男を救い上げてやれるのか、どうすれば心の傷を癒やしてやれるのか、どうすれば新たな一歩を踏み出せるよう導けるのか。

母親として、あの時ほど苦悩した日々はなかったと思います。

でも、次男は自力で立ち直ってくれました。1年間という時間はかかりましたが、新しい夢を見つけることで、絶望の淵から這い上がって来たのです。

2012年春。次男は、新たな夢を叶えるために別の大学に進学しました。

波乱万丈の人生もまた良し!

迎えた大学4年生の夏。

次男の新たな夢が叶うか否かの、第一関門がありました。

結果、2次試験で撃沈!

またしても、夢破れた次男。

思いの外、ケロッとはしていましたが、それでも内心は穏やかではなかったと思います。

そんな次男に「オマエが必要だ!」と熱いオファーをくれたのが、私の弟だったわけです。

次男は次男なりに熟慮して、叔父の会社で頑張ろう!と決意しました。

の、はずだったんですけどね。

やっぱり棄てられなかったんですね、夢!


次男が自分で選んだ道だから、私は黙って見守ります。じっとここから応援するだけです。

たぶん緩やかで真っ直ぐな道じゃないことは、誰の目にも明らか。

でも、今までも充分に波乱の多い人生を歩いて来た次男なら、この先のアップダウンも何とか歩いて行くと信じています。

いや、信じるしかないでしょう。

名前に込めた親の愛を感じてくれるなら、その名の通りに生きてほしい。

「人の優れたところを素直に認めて大切にできる人になってほしい」という名前の意味。

私が望むのは、ただそれだけ!

そして、それこそが次男の目指す夢の職業には、必要な資質だと改めて今は感じています。


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