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阪神淡路大震災から21年が経ちましたが、1995年1月17日の記憶は風化させてはいけません


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1995年1月17日、午前5時46分は、阪神・淡路大震災が発生した日時です。


私たちは、6,434人の尊い命と美しい神戸の町の景観を奪い去られました。


「あの日」から、21年になります。


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神戸市の追悼行事「1・17のつどい」


私は、今朝5時から神戸市中央区の東遊園地で開催された「1・17のつどい」に参加して来ました。


「1・17」という文字を形作った6,434本の竹灯籠(どうろう)が灯される中、5時46分の合図とともに黙祷。


冬の早朝の凍てつく空気は身を切るように痛く、その痛みが刺激になるのか、「あの日」の記憶がまざまざと蘇ってきます。


私は、亡くなった方を悼みながら、いつまでも手を合わせていたいと思いました。

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(出典:http://www.sankei.com/)

語り継ぐべき記憶


私の実家や当時住んでいた家があったのは、神戸市の中で人的被害が最も多かったところです。


子供の頃から見知った人や世話になった人が、何人も亡くなりました。


今日の追悼のつどいに一緒に行った幼なじみは、当時5歳だった息子を亡くしています。人懐っこい笑顔の可愛い子でした。


彼女は、21年経った今もなお、あの笑顔を思い出しては、嘆き哀しみ心を震わせ続けているはずです。それでも今ある家族のため、強くあろうとがんばっていかなくてはなりません。


私は友だちとして、今までもそうだったように、これからも今日のこの日は彼女のそばに寄り添うつもりです。


震災経験者にはPTSDを発症した人も多い→「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」

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(みごとに蘇った100万ドルの夜景)


愛する神戸の町が瀕死にさらされた瞬間を経験したものとして、そして犠牲を免れ今をこうして生きているものとして、やらなくてはいけないことがあります。


それは、震災で亡くなった方々を追悼し続け、震災に遭ったからこそ培われた「絆や思いやりの心」を守り続けること。


そして、震災の記憶を風化させずに、「あの日」を知らない人や震災後に生まれた世代に語り継ぐことです。


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震災の経験者にとって、「あの日」の記憶は恐怖や不安や哀しみを蘇らせてしまいます。


それでも、決して消してはならない記憶でもあるのです。


阪神・淡路大震災の経験や教訓を語り継ぐことは、未来の防災や地震対策の知恵となるはずだから。

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