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50歳直前に離婚したバツイチおひとりさまの私が「幸せの時間」を手に入れた理由


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臆面もなくハッキリ言ってしまいます。


今、私はとても幸せです。


50歳目前で熟年離婚するハメになり、実質的には女手ひとつで育てた2人の息子たちとも離れて暮らす、バツイチおひとりさま


こんな私が自分を幸せだと思えるようになったのは、なぜだと思いますか?


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誰も恨まず、誰も憎まず


私がこの歳になって、再びの幸せを感じられるようになった、最も大きな理由。


それは、私が「恨みや憎しみ」をすべて手放したからだと思います。


元夫と私は、モラルハラスメント(モラハラ)の加害者と被害者という関係。どんなにあがいても修復のきかない、破綻の極みを成す典型的なモラハラ夫婦でした。


モラハラの見本のような日々をカミングアウトした記事↓
モラハラ夫との8395日


そんな結婚生活を始めたのは、元夫の外見だけにとらわれ、やめておけという周囲の反対にも耳を貸さなかった、私自身の意思です。

数日前に自分で書いた記事は、私自身の大いなる後悔と反省の経験から生まれたものです↓
離婚しない結婚をするポイント


そして、一刻も早く抜け出すべきだとかなり早くから気づいていながら、経済的かつ精神的にギリギリのラインで20数年も維持し続けた、これもまた私自身の意思でした。


私はずっと、そんな自分自身を恨んだり憎んだりして来たのだろうと思います。自分を不幸にしたのは、愚かだったこの自分なのだと。


私は、まず、その自分への恨みと憎しみを手放しました。


それは離婚を決意して、本格的に元夫と交渉を始めた頃のことです。


そして、次に元夫への恨みや憎しみも、スッカリ手放しました。


正直に言うとわりと最近まで、元夫への恨みや憎しみを完全に手放せているかどうか、まだ自信がなかったのです。


でも、このブログに元夫との離婚に至るいきさつを全て綴る過程で、目を背けて来た結婚生活や元夫の思い出と向き合いました。そのことで本当の意味で、自分の思考や心情が整理整頓できたのだと思います。


きちんと片付いて整えられた心の中は、掃除し終わったあとの部屋のように清々しくて、自分が元夫への恨みも憎しみも全て手放せていると、しっかり実感できたのです。


不要品を捨てて、ときめくものに囲まれて生きる


片付けコンサルタントとして、カリスマ的存在の「こんまり」こと近藤麻理恵さんという方は、もちろんご存知ですよね。


こんまりさんが提案していることをザックリと言い表すなら、「いらないものは全て捨てて、ときめくものだけに囲まれて暮らそう」ということのようです。


この片付け術は、人の心の中においても効果を発揮してくれます。


恨みや憎しみというのは、数ある人の感情の中でも、最も重量があってカサ高い感情です。


だから、そんなジャマな感情をスッキリと捨て去ったあとには、心ときめくことを入れ込む空きスペースができるはずです。


現に今の私がそんな状態にほかなりません。


恨みや憎しみといいったネガティブでマイナス現象しか生み出さない感情がないお陰で、好きなものや心打たれるものにときめきながら日々を送れています。


こんな幸せなことはないと思いませんか?


恨むことや憎むことは、自分自身を苦しめることだと充分わかった今だから、新たに誰かを恨むことも憎むことも一切ありません。出会う人や関わる人に対して、優しく大らかに接することが出来ています。


自分の心の蓋を開けて、中を覗いてみたところをイメージしてみてください。


もし、そこにドス黒く渦巻く恨みや憎しみが溢れていたなら、決して幸せではないはずです。そんな感情を一掃して、穏やかで柔らかい感情で満たすことができたなら、もうそれだけで充分に幸せになれる気がします。


人との比較は無意味。自分の幸せは自分が決める


そして、私が幸せの時間を手にした理由がもうひとつ。


それは、人と自分を比較しないからだと思います。


世の中には、私なんかより、金銭的、物質的には、もっとずっと幸せな人は数えきれないほど大勢います。


そりゃあ、有り余るほどお金を持っていて、欲しいものは全て手に入り、素晴らしい家族に囲まれ、老後に至るまで心配の欠片もない、そんな絵に描いたような幸せの只中を生きている人を見たとして、羨ましくないと言えば嘘になるでしょう。


でも、そもそもどうして他人と比べる必要があるのでしょうか?


どうして他人に勝負を挑むのでしょうか?


どうなったら勝ちで、どうなったら負けなのでしょうか?


誰に勝てば幸せになれるのでしょうか?


これらの答えが私には全くわかりません。でも、わからない自分で良かったと思っています。


他人の人生を歩くことは不可能です。自分が歩くことができるのは、自分の人生だけ。


それなら、その人生に全力を注げばいいと思います。


私のように、一度は全力で失敗することもあるかも知れません(笑)だとしても、また全力でリベンジマッチに挑めばいいんじゃないですか?


そう、どうせ挑むなら、過去の自分に挑んで、どの時代の自分よりも幸せになってやろうじゃないですか?


あの相田みつをさんも言っていましたね。


「幸せはいつも自分の心が決める」と。


今、このブログを読んでくださっているあなたが、どうか幸せでありますように

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コメント

Re: 恨むことや憎むことは自分自身を苦める

ジャスミンさん

いつもご覧いただいてありがとうございます^^

そうですか、いよいよ踏み出されるのですね。おそらく、当分は何かと慌ただしいので、自分の内面と向き合うこともできないかも知れません。時が過ぎて落ち着いてみたら、いつのまにか負の感情はスッカリ消えていたという、自然の流れがあれば何よりじゃないでしょうか。

私の場合、元々から物心両面に対する執着が薄いので、恨みや憎しみという感情を手放すことが割と楽だったのかも知れません。それと私の描く「幸せ」は、「ごく普通の日常」というありふれたものなので、それで今が幸せと感じられるのだと思います。

ジャスミンさんも、どうぞお体に気をつけて、ご自身の望む幸せを手に入れてください。また、いつでもどうぞ~♪

花音(かのん) | 2015.11.10 11:19 | URL


恨むことや憎むことは自分自身を苦める

花音さん、拝見させていただきました。
私も花音さんに続くモラハラ脱出のおひとりさまで、幸せの時間をてにいれます。第一歩が始まったばかり。まもなく、家を出て、初めてのアパートひとり暮らし。まだまだ、恨みや憎しみに悩まされるでしょう?『恨みや憎しみが自分を苦める』が、心に響きました。
いつか、ときめく物に囲まれた、幸せな時間と自分を手にいれます。

ジャスミン | 2015.11.09 21:22 | URL


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- | 2015.11.08 15:23 | URL














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