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天皇の料理番 最終回は真心の集大成!未来に希望をもたらす大団円


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終わってしまいました、「天皇の料理番」


一夜明けても、まだ感動の余韻に浸って、プカプカと気持ちが漂っています


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テレビに映し出されるシーンの全ては、脚本の上に描かれたドラマで、わが身に起きた現実とは違うのだとわかっています。


そんなことは、充分すぎるほど理解しているのです。


それでも尚、頭で理解できる範疇を越えて、まるで染み入るように胸の内側に響いてくる、私にとっての「天皇の料理番」は、そんなドラマでした。


たぶん、これほどまでに心に残るドラマには、もう二度と会えないだろうと思っています。



このドラマを12回に渡って見続けてきて、いつの回頃からか、密かに気づいていたことがあります。


ドラマの随所に配された細やかな演出、短い台詞の奥に込められた愛や優しさ、演者の視線やしぐさで語る音声のない感情、映像だけで伝える季節感や時間の流れ……


そういうものが、回を追うごとに、ごく自然に理解できるようになっている気がしたのです。


何かこう、理解力が研ぎ澄まされる感覚とでも言えばいいでしょうか。


たぶん、素晴らしいドラマには、観ている者の心を浄化するような作用が、あるのではないでしょうか?


スッキリと洗い清められた心で観るクセがつくので、回を追うごとに、ちょっとしたシーンや台詞でも、敏感に捉えることができるようになり、だからこそ感動も深まるような。


そんなシナジー効果があったに違いないと、私は感じています。



大東亜戦争(太平洋戦争)による激動の時代を経て、敗戦国となった日本。そんな厳しい状況下、天皇の料理番としての篤蔵の苦悩が描かれた最終回。


またしても、宝石のように煌めく台詞と、相変わらずの心にくい演出の数々が散りばめられていた気がします。


篤蔵が立場を越えて、必要以上にGHQにおもねっていることを責める大膳頭とのシーンでは、「天皇の料理番」としての篤蔵の「真心」の在り方を示す台詞が満載。


「父や、兄や、母や、嫁や、師匠や友人、ワシはみんなに夢を叶えさせてもらったようなもの」


「夢を叶えさせてもらったものには、夢を叶え続ける責任があると思う」


「やれることはやったと、精一杯の真心を尽くしたと、言いたくはありませんか!?」


どれも全て力強く心に響く言葉でした。


でも、これらの台詞のあとに、


「怖れ多い、ホントにもう怖れ多いですけど…、なんかもう、わが子のようなところがあって…」


「ワシはやっぱり、お守りしたいと思ってしまうんです」


と、さらに純粋な本音を、篤蔵が吐露します。


この台詞で、天皇に対する篤蔵の想いが、もはや子を想う親のそれと同じほどに達していたことを視聴者は理解します。


と同時に、ドラマ上でも、大膳頭(篠田三郎)の心を動かし、賛同を得るのです。



「親の愛」


それは、まさしく真心の象徴。


そこには、嘘偽りなど微塵もなく、ただ純粋に子どもを守り、そしてとことん尽くしたいという気持ちだけがあります。


心の底から子どもを愛しみ、子どものためとあらば、どんな事も厭わない覚悟、親の愛とはそういうものです。


「どうか元気で大きくなってね」と願いながら、子どものためにご飯をつくる親の真心。


「毎日、どうか心身ともにお健やかに」と願いながら、お上のお食事を作る料理番の真心。


このドラマは、このふたつをイコールで並べて見せることで、料理人の「食」に込めた真心を伝え、毎日毎日何十年も飽くことなく食事を作り続けられたことこそ、真心そのものだと伝えてくれました。


そして、このドラマ全編を通して、ずっと伝え続けられてきた、もうひとつの真心。


それは、篤蔵が天皇の料理番を全うできたのは、篤蔵ひとりの力ではなく、周囲の人々の真心あってこそだということです。


それは、クライマックスとなる、GHQのイベント場面で表現されていたように思います。


衆目の中で、池で泳ぐ鴨の真似をする篤蔵。


自分がお上の身を守るというプライドと、愛する妻の身代わりの鈴が、「屈辱」とも思えるパフォーマンスを篤蔵にやってのけさせます。


そんな篤蔵を見て、居ても立っても居られず、自らも池に飛び込み鴨になりきる、新太郎と辰吉。


苦笑を招くようなシーンなのに、ここで私は涙がこみ上げて来ました。


友だちって、何てありがたいんでしょうね。


こうしてドラマの主役が、惨めとも思えるほど道化に徹する一方で、GHQの元帥の心を左右したかも知れない重要な台詞は、脇の宇佐美さんが言ってしまいます。


GHQの元帥から、「日本人は、天皇のためには何でもするのか?」と、日本人にとっての天皇の意味を問われた宇佐美さん。


「私にとって陛下は、『味噌』です」と、答えるのです。


生まれた時からそこに在り、親しみ慕ってきたものだから、その意味を考えたことすらない。でも、今後一切、味噌を食べるなと言われたら、とてつもない寂しさを感じ、国民の暴動を招くであろうと。


それと同じく、陛下の存在を否定することは、統治を難しくするだけだと、宇佐美さんは説くのです。


天皇陛下を「味噌」に例えたのは、とても意外だったけれど、でも秀逸だと感心しました。


この脚本、もはや神レベルじゃないでしょうか。


このドラマの主役は、確かに篤蔵です。


でも、その篤蔵が、年端もいかない頃からずっと師匠と仰いで来た宇佐美さんが、静かに渋くこの台詞を口にする、その方が重厚感がうんと増す気がしました。


これもまた、粋な演出ではありませんか。


篤蔵は、常に周囲の人に助けられて成長してきました。


それは、篤蔵と深く関わった人々が、篤蔵の「真心」に感化されて、「助けたい!守りたい!何かを手伝いたい!役に立ちたい!」と思ったからに他なりません。


篤蔵の持つ真心が、周りの人の真心を引き出して、美しく感動的なハーモニーへと高まって行ったのだと思います。


「食に込めた真心」 そして人との関わりの中で生まれる「真心同志のハーモニー」


そして終演間際に明かされた、「天皇陛下の真心」


かつて、下ごしらえの糸がついたままでお食事が出されてしまうというアクシデントがあった際、陛下は糸がついていたのが自分だけだったと知り、「それは良かった」と仰られたエピソードが盛り込まれていました。


このとき、改めて陛下の真心に触れた篤蔵だからこそ、自らも引退するまで、真心を込めてお仕えし続けられたということなのですね。



このドラマで描かれたいくつもの真心は、老い先短い私にも、


「人生、捨てたもんじゃないかも」


「未来には、意外に明るいこともあるんじゃない」


そんな、希望の光を見せてくれました。


ドラマは終わってしまったけど、これからも時々反芻しながら、がんばって前向きに生きて行きたいなって感じています。


私自身の真心を大切にしながら……


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「天皇の料理番」6話 レビュー

「天皇の料理番」9話 レビュー

「天皇の料理番」10話 レビュー

「天皇の料理番」11話 レビュー


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