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母の提案は、元夫に離婚を承諾させる最適な方法~離婚までの経緯43


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前回は、3回目の離婚協議のサワリ部分をお伝えしました。


一度は、「必ず離婚する!」と言ったくせに、この期に及んで、何だかんだとゴネ始めた元夫。


ひとしきり好きなことを言わせたあと、私は、


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「あの家、あなたにあげます!」


と、元夫に告げました。


元夫は、一瞬、どんなリアクションをとっていいのかわからない様子。


でも、私のこの発言によって、このあとの離婚話が急ピッチで進んだことは、言うまでもありません。



実は、この前々日、2回目の話し合いから帰宅した私は、


「いつまでもゴネられて、延々と長引きそうな予感がする…」と、母に打ち明けました。


そんな私に、母は思いがけないことを言い出したのです。


「花音、あの家にこだわるのは、もうやめたら?」


何を言い出すのかと、ビックリ!


驚く私に構わず、母は言葉を続けました。


「K君(元夫のこと)が花音と結婚したのは、あの家がほしかったからだよ」


「どうして、そんなことがわかるん?」


「うん、花音が最初に連れてきたとき、ちょっと話してすぐにピンときた!花音のことが好きなわけじゃないのも、すぐにわかったし」


母が初めから元夫を見抜いていた関連記事は、こちらにもあります↓
元夫が単身赴任するに至った、予想外の展開


「それならそうと、教えてくれたら良かったのに」


「だから、何度も言うたでしょ?あの人はやめときなさいって」


「……」


こう言われたら、ひとこともありません。


両親から散々反対されたのを押し切って、急いで結婚したがったのは、ほかでもないこの私なのですから。


母は言葉を続けました。


「だから、一番ほしがってるものをあげてしまえば、花音はすぐに自由になれるんとちゃう?」


「そりゃ、家もお金も、あればあったで困ることはないよ。だけど、ただのひとつも、あの世まで持っていけるわけじゃないやん」


この台詞は、亡くなった父がよく言っていたことです。


父はその言葉のとおり、スッキリと身辺整理をして旅立ちました。


自分が亡くなったあと、残った家族に一切のもめごとが起きないよう、考えぬかれた完璧な引き際は、愛情深い父の人柄ならではだと感じたものです。


父の見事な引き際の記事はこちらでお読みいただけます↓
「立つ鳥跡を濁さず」の如し、父の旅立ち1
「立つ鳥跡を濁さず」の如し、父の旅立ち2


「それにお金は使えば無くなってしまうけど、不動産はまたいつか子供たちに受け継がれるんと違う?」


確かにその通りだと思いました。


すでに古い家なので、建物は手入れを要したり、そのうち建て直しをすることになるのかも知れません。すでに価値もほとんどないはずです。


でも、土地は確実に資産として在り続けます。しかも、場所的に評価も悪くありません。


それをいつかわが子が受け継ぐとしたら…その約束が確実に取り付けられるとしたら…


私は、もうそれでいいかも。


元々、欲も執着も薄い方なので、そう考えたら急に憑き物が落ちたように思えました。


「何がなんでもあの家を取り戻そう!」ということに躍起になり過ぎて、本来の「モラハラ夫と1日も早く離婚したい!」という目的がボヤけていた気がします。


そりゃ、敏腕弁護士さんに依頼して、調停だ!裁判だ!と闘えば、おそらく家も離婚も両方を勝ち取れるとは思います。


でも、そうするには、これからまた多くの時間と労力を要するのです。


この結婚を大いに後悔はしているけれど、でも結婚を決めたのは自分自身です。


全て私の意志で始めたことで、元夫も含めて、誰かに騙されたわけではありません。私に人を見る目がなかっただけのことです。


この頃の私は、自分でもハッキリと気づいていました。


元夫と暮らすことはもう二度と無理だけど、元夫を憎んだり恨んだりは全くしていないということに。


それに、確かに後悔に満ちた結婚生活でしたが、決して不幸ではなかったと思っています。「これが私の幸せ」と言える部分も確かにあったのです。


私の幸せ。


それは、2人の息子たちの母になれたことです。


2人とも、どこにでもいる普通の子で、特に優秀なわけではありません。そういう意味では、「見て、見て」「聞いて、聞いて」と自慢できるわけではないです。


実質は母子家庭だった上に、父親のモラハラぶりも充分に見てきた2人。


それなのに遠慮も手加減もなしに、シッカリ気苦労させてくれました。ガッツリ反抗期もあったし、それぞれ大きな怪我や病気もあったし、ヤンチャして学校呼び出しも経験ずみ(笑)


それでも、あの子たちの母になれて、すごく幸せだったと思えるんです。結婚には失敗したけど、子どもは大当たりだったと。


だから、私の大事なものが、いつかあの子たちの手に戻るなら、それでいいと思いました。


そして、2人の子ども達のために、何ひとつ父親らしいことをして来なかった元夫だけど、最期に家を譲り渡す役目をさせてあげてもいいんじゃないかって思えたわけです。


だって、子供たちにとっては父親ですからね。


私は、その夜のうちに息子たちと弟夫婦に、その気持ちを知らせました。息子たちはともかく、弟たちはガゼン猛反対!反対するのが当たり前だろうし、とうぜん予想もしていました。


でも母だけは、「私は構わんよ。あと残り少しの人生、花音といっしょに静かにのんびり暮らせたら、家なんかどこでもいい」と笑ってくれたのです。そもそも自分が提案したことだしね。


弟は、「別れる相手のことなんか考えてる場合か!?自分の方がよっぽど貧乏で不安定なクセに、アホじゃないの!!」とボロクソに言いつつも、「とにかく、明日、松ちゃんに来てもらおう」と、すぐにその松ちゃんに電話し始めました。


松ちゃんというのはですね。


あっ、長くなり過ぎましたね、また次回にお話します。



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コメント

Re: タイトルなし

まりおさん

> わたしが離婚して持って出たのは、子供とハムスター、そして未来へのゆめだけ。

「未来へのゆめ」っていうのがすごくステキです。
離婚は新しい未来への入口だったんですね。


> もうこれからは自由に働けると思うとうれしかったな。お金はその後から着いて来てくれた

ここがまりおさんのすごいところです!
新築のお家買ったり、娘さんのマンション買ったり、出来てしまうところを尊敬しますよ。私なんか、自分のマンションも息子のマンションも「賃貸」ですからね~(^_^;)

花音(かのん) | 2015.10.30 07:44 | URL


わたしが離婚して持って出たのは、子供とハムスター、そして未来へのゆめだけ。
もうこれからは自由に働けると思うとうれしかったな。お金はその後から着いて来てくれた

まりお | 2015.10.29 10:44 | URL


Re: タイトルなし

スゴイですね(^_^;)

これほどのセリフを言ってのけられるのは、まりおさんのように経済力も生活力も非常に豊かで、新築のお家や億単位の資産を築くことが可能な立場の方だからこそなのでしょう。

ただ、そんな風に経済的に何一つ不自由も不安もない女性って、おそらくほとんどいないでしょう。

私自身はブログに書いた通り、1円の養育費も貰っていません。そこは、まりおさんと同じです。そして、私名義の不動産も貯蓄も全て一切合切を元夫に渡して離婚しました。でも私は、まりおさんのように自信満々の船出では決してありませんでした。私のように何の才能もない平凡な人間にとって、女手ひとつで長年家族を養って行くのは並大抵のことではありませんから。

DVやモラハラや夫の借金などに苦しみながらも離婚できずにいる女性が少なくないのは、やはり離婚後の経済的不安が大きいからだと思います。世の中の女性がみんな、まりおさんのように圧倒的にお金を稼げる自信と能力を持つことが出来たなら、もっと女性は自由になるのでしょうね。

これまでのコメントをお読みする限り、まりおさんのお子さんはたとえ父親がなくても、両親揃ったお家よりよほど恵まれていらっしゃいます。きっとお幸せなんだと思います。

花音(かのん) | 2015.10.27 22:41 | URL


離婚届けに判を押させるまで一ヶ月。毎日「今後は家族のために働く必要ないし、養育費も払わなくてもいい、自分のためだけに楽しく生きていきなよ。子供にもいつでも会えるしね」
て。これで離婚しない人はいないというくらいの条件つけて。
この条件の落とし穴は、養育費を払わなくてもいいてとこ。
まともな神経なら、養育費を払わない人間がおめおめ子供にには遭えない。
だから自然消滅。いまじゃあ父親が居たことすら忘れてるし私が遭いに行ってもいいよていっても「今更いいよ。て言うか父親のことなんか今言われて思い出した」と。

まりお | 2015.10.26 11:44 | URL


Re: ずっと

美代 さま


こんにちは、花音です。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。


> 私も、家が欲しいんだろなあとは思ってましたが、ビンゴでしたか。


ビンゴです。


> 最後は、娘と暮らせてお幸せでしたでしょう。
> その娘が孫とともに幸せの時間を生きてるのを見て、安心してお父様のところへ旅立たれたように思います。

ありがとうございます。今ごろはあちらで、ときどきケンカしながら(笑)仲良くやっているはずです。

> 私も60をいくつか越えて、孫もいる身になった今、親の心が分かるような気がしています。

親って、つくづくありがたいものですよね。これからも私らしく頑張って、亡くなった両親にも、そして子供達にも恥じない自分でいたいなと思います。

ジメジメして過ごしにくい毎日ですが、どうぞお元気でいらしてください。引き続きよろしくお願いします♪

花音(かのん) | 2015.06.26 12:34 | URL


ずっと

読ませて頂いておりました。

私も、家が欲しいんだろなあとは思ってましたが、ビンゴでしたか。

同居なさったときにお母様に対する態度で、そんな気がして。

結局は、俺様の家にお母様がいるのが嫌だったのでしょうね。

なんたる腹黒、甲斐性なし!


やはり、親の意見とナスビの花は、万に1つのアダはなし…ですね。


お母様のご慧眼、恐れいりました。

最後は、娘と暮らせてお幸せでしたでしょう。

その娘が孫とともに幸せの時間を生きてるのを見て、安心してお父様のところへ旅立たれたように思います。

ほんの半年でも娘の幸せを見届けて、お土産話をお父様にお届けに逝かれたのでしょう。

私も60をいくつか越えて、孫もいる身になった今、親の心が分かるような気がしています。

美代 | 2015.06.25 21:41 | URL














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