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父の日に想う、父親の存在意義とは何だろう~離婚までの経緯41


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そういえば、今日は父の日でしたね。


私のブースで扱っている商品は、9割が女性向けなので、父の日がらみの需要は想定していませんでした。でも、先週はじめ、あるレザー小物が「父の日用」に1点だけ売れたんです。


どうして父の日用だとわかったかと言うと…


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落札者様から「父の日のプレゼントです。包装はしてもらえますか?」と、要望メッセージが届いたから。


「もちろん承ります。リボンのお色のご希望はございますか?」とお聞きしたところ、返ってきたメッセージは「男同士なので、リボンはいいです。包装だけお願いします。」



照れくさがってリボンはいらないと言いながらも、父の日に贈り物をすること自体、優しい息子さんですよね。


息子から感謝のプレゼントを受け取ったお父様も、さぞかし嬉しいだろうと思いました。



わが家の息子たちは、毎年の「父の日」をどんな気持ちでやり過ごして来たんだろう?


それより何より、彼らにとっての父親の存在意義って何だろう?


今日は、改めてそんなことをしみじみと考えてみました。



子供にとって、父親と母親がペアになって自分を育ててくれる、それこそが理想のはずです。


父親の存在感、母親の存在感、それぞれをしっかり感じながら成長する方が、心の豊かさや感情のバランスがとりやすいのは、間違いないと思います。


そうは言っても、ペアのかたっぽが欠けちゃったんだから、しょうがないじゃない!っていうお家もあるのが現実。


欠けた原因は、離婚ばかりじゃなくて、予期せぬ病気や事故だったり、子供の出生時のやむを得ない事情だったりと様々でしょうが、いずれも子供には一切の責任はないわけです。


責任がないのに、愛情の絶対量が不足したり、世間からとやかく言われるのって、子供にとって不条理この上ない話だと思います。


たとえばわが家の場合は、父親はずっと居たんだけど、子供たちとの接点は皆無でした。だから、実質的にはずっとひとり親だったようなものです。


でも、ありがたいことに、これまでのところは、大きく歪曲したりせず、ほぼまっすぐに育ってくれました。


2人共すでに成人して、今は自分たちで考えて、自分たちの歩きたい道を、自分たちの足で歩きはじめてくれています。


この先、彼らが家庭を持ち、父親になったとき、自分の父親を踏襲することなく、できることなら「反面教師」としてくれたらいいなぁというのが私の切なる願いです。ホント、切に切に切にと願ってやみません、はい


裏返せば、元夫の場合は息子たちの反面教師としてしか、もはや存在意義をなさないということになります。


とても気の毒だけど、それを自業自得と認めて、いつか息子たちに「お父さんを見習わないようにしろよ」ぐらいのセリフが言えたら素晴らしい



この世の摂理として、父親がいないと子供は生まれて来ませんよね。ということは、ただ存在するだけで、すでに意義はあるということになりますが、ただそれだけじゃあまりにも寂しいーー


世の中の男性陣には、息子からは理想の父親像として目標にされ、娘からは理想の結婚相手と慕われるような父親であってほしい!それこそが、父親の存在意義じゃないかなぁと思います。


では、また

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