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人生はすべて因果応報、リセットボタンを押すのは私の役目~離婚までの経緯38


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「離婚協議のストレスからうつ病になった!」


「だから、それを理由に訴訟する!」


元夫が思いついた浅はかな反撃は、あえなく失敗に終わったことを前回の記事で書きました。


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そんな思いがけないことを言い出したのは、おそらく以前に私が送った強気の宣言メールに対する、元夫なりの報復だったのだろうと思います。


私の宣言メールの記事はこちらで読めます↓
「弁護士を代理人に立てて、離婚調停します!」と宣言メールを送った結果


ところが、「そっちがその気なら、自分の方が先に動くぞ!それも調停なんてまどろっこしいことはすっ飛ばして、裁判所に訴えてやる!」と、脅しにかかったはずが、返り討ちにあってしまった元夫。


「調停を飛び越えて、いきなり裁判に進むことはできないと法律で定められている」


自分の知らなかったことを相手は知っていたという時点で、プライドの高い元夫の心は、ちょっと折れたのでしょう。


でも、あとでよくよく考えてみたら、私の主張も突っ込みどころ満載でした。


家事審判法の定義は間違っていないけれど(注:2013年の家事事件手続法の施行に伴い、家事審判法は廃止されました。)、私が持ち出したのは、あくまでも離婚における調停と裁判(訴訟)の関係性です。


もし、元夫が離婚訴訟ではなく、単純に私のせいでうつ病になったことを訴えるだけなら、前述には該当しないんですよね。


そこんとこ、元夫が気づいてなくてヤレヤレ。


まぁ、元夫が裁判なんて言い出したのはハッタリだとすぐに気づいたから、私も冷静に対応できたんだと思います。


目には目を、ハッタリにはハッタリを!が功を奏したわけです(*^_^*)



一応、最後の最後に抵抗してみたものの、あえなく撃沈した時点で、元夫もあきらめがついたのでしょう。


しばしの沈黙のあと、一度大きな深呼吸をした元夫は、吐く息とともに言葉を発しました。



「わかった、離婚しよう!」



やっと、本当にやっと、聞きたかったひとことが聞けました。嬉しかった~


でも、「離婚は必ずする!するけど、こっちにも言い分や条件があるから、細かい取り決めはあさっての日曜、もう1回話そう。今夜は急いで行かんとアカンから」と続いた元夫の言葉に、またもやガックシ


気を取り直して、「今ごろからどこへ行くんですか?」と聞くと、元夫が「明日、下の兄貴の葬式や。」と言うではありませんか!


一瞬、返す言葉がありませんでした。


「きのうが通夜やったけど、今日が友引のせいで葬式は明日になった。そのまま初七日の法要も済ませるらしい」と言い、「オマエは来なくていいから」と元夫。



2番めのお義兄さんは、このとき確か68才。まだまだ若いし、一番上のお義兄さんより先に逝くのは、順番が違います。


そこで、弟嫁がしきりに私に目配せしているのに気づきました。その目は、「また嘘に決まってる!」と言っているようです。


でも、私はそれが嘘じゃないと感じていました。


なぜかというと、今夜の元夫は入ってきたときから、影が薄いというか、覇気がないというか、とにかくいつもと全く雰囲気が違ったからです。


先のうつ病&裁判の件も、ふだんならそんな簡単に引き下がるはずはありません。


矛盾していようが間違っていようが、頑として自分の意見を押し通すのが元夫らしさであり、モラハラ加害者の典型的な特徴なのです。


でも、この日の元夫は儚い抵抗を試みたものの、すぐに引き下がりました。しかも、まるで覚悟してきたかのように、素直に離婚を申し出たのです。


それは、いつも自分の支配下で怯えていた私が、冷静に堂々と対応したことにひるんだせいだと思っていました。


でも本当は、お義兄さんの急死の影響が大きかったのでしょう。


自分と同じ60代の兄の急逝によって、死というものが年の順ではないこと、そう遠くないいつか、自分にもその日が訪れることを痛感したのではないか。


これ以上、事を長引かせて、時を無駄にするまい!と腹をくくってくれたのではないか。


いいように捉え過ぎかもしれないけど、私にはそんな風に思えました。


だから、元夫が後日もう一度出直すことを認めたのです。


元夫が帰ったあと、一応、義妹のR子さんに確認の電話をしてみましたが、やっぱり元夫の言ったことはウソではありませんでした。


本当に急死だったようで、私がR子さんに会いに行った10日ほど前には、R子さんも全く予想していなかったそうです。



昔から自分の健康や痛みには異常なほど敏感で、神経質なほど検査をしたり、大げさに不調や痛みを訴える人だった元夫。


他人のことには鈍感、自分のことには敏感、これはモラハラの特徴のひとつです。


そんな元夫のことだから、おそらく今ごろは、死への恐怖におびえていることでしょう。


そして、兄の急死も通夜や葬儀の予定も私に知らせてこなかった時点で、すでに気持ちの上では、私を手放していたのだろうとも思います。


さらに、あれほど世間体を重んじる人が、明日の葬儀に「オマエは来なくていいから」と言ったのです。


親せき縁者の手前、格好がつかないことはわかっているだろうから、かなり抵抗があったことも想像出来ました。


私は、そんな元夫に対して同情はしたけれど、それと同時に次の協議こそファイナルにしようと決意もしたのです。



長くて苦しかった婚姻生活、結論を先延ばしにして過ごした別居生活。これまで、人生の多くの時間を無駄にしてしまいました。


でもそれは、何よりも神聖かつ厳粛であるべき結婚を、愚かな判断で簡単に決めてしまった私の過ちの結果です。


私が過ちをおかさなければ、結婚に最も向かない元夫を結婚生活に引き入れることも、元夫の中に眠っていたモラハラ資質を呼び覚ますこともなかったはず。


この世の全ては、因果応報。


不幸の始まりは私のせいだったのだと思います。自分で始めてしまったからには、終わらせるのも私の責任なのです。


だから、この結婚のリセットボタンを押すのも、私の役目だと思いました。


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