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初めての協議でまさかの号泣、モラハラって超めんどくさい!~離婚までの経緯31


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数ヶ月に及んだ、不毛な「メール交換」


いつまでもこんなことをしていては、無駄に時間が流れるだけです。


確か3月の末頃だったと思いますが、私は元夫あてに、「今後のことをはっきりと話し合いたいので、近いうちに時間を作ってください。」という旨の手紙を内容証明郵便で送りました。


本気で離婚するつもりなら、どうしてもっと早く直接対決しないんだ!?って思いますよね。


あの頃、誰よりも私自身がそう思っていました。



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実は私、あることが怖かったんですよね。それで、元夫と直接に対峙することを避けているうちに、2年ちょっと経過してしまったわけです。


あることとは何か。


このブログをずっと読んでくれている方は、思い出してもらえるのではないでしょうか?以前、こんなことがあったのを。


以前のできごとを読む↓
ある日突然、私を襲った激しい動悸と呼吸困難

お願い助けて、呼吸の仕方がわからない


私を死ぬほど苦しめたPTSDの発作。


そして、その発作が最初に起きたきっかけは、元夫の単身赴任先からの帰宅でした。

発作が起きたきっかけを読む↓
PTSDの治療は、モラハラに侵食された心のデトックス


つまり、PTSDの根本原因である元夫と、一時的に離れることで一旦は心の平安を得て、その後ふたたび元夫と対面することで、いっきに発作を引き出してしまう!そういう図式だったのです。



この頃の私は、別居してすでに2年以上も、元夫のいない生活の穏やかさを味わっていました。だからこそ、次に会う時がたまらなく怖かったのです。


また、息が止まりそうになるのではないか?会わずにいた時間がかなり長いだけに、そのぶん発作もひどくなるのではないか?そう思うと、なかなか勇気を出せずにいました。



でも、離婚はしたい!このまま中途半端はいや!


だったらどんなに怖くても、たとえ死ぬような発作に襲われたとしても、会うことを避けていては何も始まらない!!


自分で自分にそう言い聞かせました。


それで前述のとおり、強固な意思表示のつもりで内容証明郵便によって、元夫に手紙を送ったのです。念のために新たな離婚届も同封しました。



そして2011年の春、いよいよ第1回めの協議です。


場所は弟夫婦のマンションで、話し合いの当日は、弟夫婦が同席してくれました。



時間より少し遅れて元夫はやってきたのですが、開口一番、弟夫婦が同席するのは、人数的に自分が不利だとゴネ始めたのです。


元夫の言動のせいで、最初から不穏な空気が流れました。


そこで弟が、「姉は、あなたが原因で心因性の重い病気になりました。また発作が起きる恐れがあるので、付き添いが必要なことは理解してください。」と、とても冷静かつハッキリと告げてくれたのです。


元夫は不満気な視線をこちらに送ってきましたが、それ以上そのことには触れませんでした。そして、少しシワになった離婚届の用紙を広げて、ドンッとテーブルの上に出したのです。


期待はしていませんでしたが、用紙は未記入のままでした。


そして元夫は、大声ではないけれど力のこもった声で、「離婚は絶対にしない!」と言い切ったのです。


もちろん「あぁ、そうですか」と引き下がるわけにはいきません。でも、何か言おうとすると声が震えそうで、そのついでに例の発作も起きそうで、第一声がなかなか出せずにしばし沈黙。


どのくらいそうしていたでしょうか。


業を煮やしたように弟のお嫁さんが、


「お姉さんは、あなたのせいで辛い病気になって、話したくても上手く声が出せません。」


「弁護士さんが言うには、こんな病気になったことに対する慰謝料を要求できるそうです。でも、お姉さんにはそのつもりはありません。その代わり、◯也さん(弟)と私が付き添って、話し合いを代弁することは認めてもらいます!!」と宣言しました。


内心、ちょっとビビリましたよ、私。


だって、そんなこと全然、打ち合わせしてなかったし、弁護士さんなんてまだ依頼もしていないのに、めっちゃハッタリやん


あとで聞いたら、弟もひっくり返りそうにビックリしていたらしいです。「オイ、オイッ勝手に何をハッタリかましてんねん!?」と(笑)


でも、まぁ彼女のお陰で、その場のムードがグッと優勢になった中、私が書いた離婚の条件書のようなものを弟が読み上げました。


きのうの記事にも書きましたが、その条件書は、これまでにも手紙やメールで元夫に伝えたものとほぼ同じでした。

きのうの記事をもう一度読む↓
「弁護士を代理人に立てて、離婚調停します!」宣言で、モラハラ夫の態度に変化



・慰謝料も養育費(この時点で、次男はまだ未成年でした)もいらない。

・借金は全額が夫個人によるものなので、今後私は返済義務を負わない。ただし、これまでに私が返済に協力したものは、特に請求しない。

・離婚後の住居が決まり次第、自宅を明け渡して欲しい。

・これまでの資産形成の協力度合いから見て、分与すべき財産はないかと思うが、車や家電など必要な物品があれば全て渡す。


この他にも細かく記載していたのですが、ただ「自宅の明け渡し要求」の部分以外は、誰が見ても元夫にとってお得な条件だったと思います。


私としては、ここまで譲歩するので、どうかサッサと別れてくださいという願いを込めた条件書だったのです。


条件書の中に、次男の親権者は私という一文もありました。息子たちが生まれて以降、一瞥もくれないほど無関心だった元夫なので、この部分は特に異論はないだろうと思ったのです。


ところが、その箇所を弟が読み上げたとたん、あろうことか元夫が、大声を上げて泣き始めました。


えーーーっ!?そこで泣くの?ってビックリ!


いえいえ、それ以前に、悪魔のように手ごわいモラハラ&アラカンのおっちゃんが、大声で泣くことそのものが全くの想定外!


モラハラの加害者の特徴については、これまで充分に体験してきたつもりでしたが、こういう場面は初めてのこと。


んもー、モラハラってつくづくめんどくさい!


続きはまた明日書きます。


では


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