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別居によって家計は窮地に!お金がないなら、稼げばいいやん♪~離婚までの経緯28


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2008年の後半。
元夫と別居を開始した私のその後について、今日はお話しようと思います。


別居によって変わったことといえば、まず住むところ、そしてモラハラ夫の存在を意識しなくてよくなったこと。ざっくりとはこの2つです。


でも、実際にはもうひとつ、かなり大きく変わったことがありました。



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もうひとつの大きな変化。それは「家計事情」です。


別居以前から、わが家の家計を担っていたのは私でした。元夫は、2000年以降は、家に1円のお金も入れなくなっていたので。


別居当初の私は、パートの収入を軸に、ネットからの副収入を徐々に増やしつつある段階で、とにかく家計はいつもギリギリ


そこへマンションの賃貸料という、新たな出費が発生することになったわけです。これはもう家計にとって、この上ないダメージで、別居によって生じた最たる変化でした。



内情がどんなに困窮していても、離婚が成立しない限り、パッと見は高給取りの妻の身分です。


この状態では、いかなる助成金も補助金も、それを申請する権利すら私にはありません。


そういえば、次男が「うちって、めっちゃ貧乏なんやなぁ~。」と、しみじみと言ったことがありました。彼が中学1年生の頃のことです。


それは、塾に行きたいと言い出した次男に、私が「ごめん、無理やねん。」と答えたときに、次男の口から出た言葉でした。


塾に行きたいのは、もっと勉強したいという旺盛な向学心ではなく、単に周りの友だちといっしょの行動がしたい、ただそれだけの気持ちだとわかっていました。


そうとわかっていてもなお、行かせてやれるものなら行かせてやりたいと、心の底から思ったものです。


偶然にもその数日後、仕事帰りに何気なく目に入った光景が、さらに私を凹ませてくれました。


私の視線の先には、地元で評判の塾が入っているビルがあり、その入り口に次々と吸い込まれてゆく中学生たちの中に、知った顔の子がいたのです。


その子のお宅は、事情があって生活保護を受給していると、同級生のママさんたちから聞いていました。


「あの子も塾に行ってるんやなぁ。」と知ったことで、生活保護家庭よりも厳しいわが家の状況を思い知らされ、同時に自分の不甲斐なさを痛感したのです。


でもこのことが私の労働意欲というか、「やる気」に火をつけてくれたのは確かです。


「もっと、がんばろう!もっと、働こう!」と発奮し、実際にネットの副業収入は、年々増えて行きました。


「お金がないなら、働いて収入を増やせばいい!」「足りへん分だけ、稼いだらええやん!」


結局、私という人間は、こういう単純な思考なのでしょう(笑)


ですから、別居によって賃貸料という新たな出費が増えたなら、「その分、稼いだらええんやろ!?」とばかりに、めっちゃくちゃ働きました(笑)


加えて幸いなことに、この年に長男が高校を卒業して、自活するようになっていました。長男は私立高校に通っていたので、その学費負担と賃貸料の一部が相殺できたわけです。


あの当時、おそらく生活保護家庭の実質年収よりも、かなり低かったであろうわが家の収入。


実質的には母子家庭でも、戸籍上はそうではないため、ひとり親支援のいかなる公的援助も受けられない、そんな中途半端で不利な立場。


そりゃ正直、世の中の不条理を恨みましたよ。


でも、自分には、働ける場所がある。途切れなく仕事の発注がある。


何の資格も技能もない私に、仕事させてやろうという会社や人がいるなんて、本当にありがたいことです。


そう思って、ただガムシャラに働きました。仕事を選んだりはしません。いただける依頼は、何でもござれです(笑)


あの頃の私は、仕事の種類や質を選んだり、先に技術や知識を学んでから仕事を探す、そんな悠長なことを言っている状況ではありませんでしたから。


たぶんアレですね。


「火事場の馬鹿力」ってやつ



まぁともかく別居後の私は、そんな風に忙しく働く日々を送りつつ、元夫に対しては定期的(笑)に離婚届を送っていました。そして、元夫からは、わざわざビリビリに破った状態の無記名の離婚届が、これまた定期的に返送されてきたのです。


そうそう、私は別居するにあたって、その場所も住所もちゃんと元夫に知らせていました。


その理由は、自分の知らぬ間に妻が勝手に出て行ったとなれば、「同居義務違反または悪意の遺棄」だなんてことを言い出しかねない、元夫はそういう人だったからです。


それに、元夫は異常なほどプライドの高い人だったので、私たちの別居先へやってきたり、ましてや迎えにきたりすることは、地球が四角になってもあり得ない!


そういう確信があったので、住所を教えることに抵抗はありませんでした。


第一、別居先のマンションと元夫が住む自宅は、すぐ近くだったので、コソコソと隠れたところで、いつバッタリ出くわすかも知れません。堂々と知らせて置く方が、むしろ精神衛生上に良かったわけです。


こうして定期的な離婚届のやりとりを何回か繰り返すだけで、特に何の進展もないまま、時は過ぎて行きました。


そのうち、いつもの「破棄した離婚届」の郵便以外に、私の携帯電話に、元夫からのメールが頻繁に届くようになったのです。


ポツンと1通だけ届くこともあれば、それこそ連チャンで何十通も届くこともありました。それは、もはや「スパムメール」そのもの


元夫からのメールの内容は、この次に書きますね。


では、また

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